鈴虫・松虫
【下學集 上 氣形】鈴虫(ススムシ)

【書言字考節用集 五 氣形】松蟲(マツムシ)俗字 金鐘蟲(スズムシ) 月鈴兒(同)

【東雅 二十 虫豸】促織 毛詩にみえし莎雞、羅願が爾雅翼に、有青褐兩といふ。其青なるものは、其羽晝合不鳴、夜即氣從背出、吹其羽振々然、其聲有上有下。正成似緯車故。故人呼爲絡者と見えて、俗に金鐘兒、月鈴兒などいふ類、此にマツムシ、スズムシなどいふ皆其類にして、翅鳴者也。

【和漢三才圖會五十三化生蟲】松蟲 正字未考 末豆無之(まつむし)
按松蟲蟋蟀之類。褐色而長髭腹黄、在野草及松杉籬、夜振羽鳴聲如言知呂林古呂林。甚優美也。凡松蟲鈴蟲晝難得、夜照燈則慕光来、捕之畜千蟲籠、以竹筒盛水投鴨跖草(オウセキソウ=つゆくさ)二三葉、毎旦新換水及草、掃糞。其屎如胡麻。大暑以後始鳴九十月止。
   金鐘蟲  月鈴兒  俗云鈴蟲
按此亦蟋蟀之類、眞黒似松蟲、而首小尻大背窄、腹黄白色夜夜鳴聾如振鈴、言里里林里里林、其優美不劣於松蟲

【年山紀聞 一】松虫、鈴むし
おのおの聲によりて名づけたり。色をもていはば黒はまつ虫、あめいろなるはすずむし。賀茂の~官むしえらびして、禁裏院中に奉る事ふるくよりしかなり。關東にてはとりちがへておぼへたり。

【花月草紙 四】いまここにては、くろきをすずむしといひ、かきのさね(柿の種)のごとなるを、松むしといへり。もとはりんりんとなくはまつにて、ちんちろりとなくは鈴なるを、あやまりにけりともいふ。
 むしうるかたへ行きて、松のを得んとおもはば鈴のかたをといふなり。

【古今要覧稿 蟲介】松むし 金琵琶 鈴むし 金鍾兒
松むし鈴むしの名、萬葉集にはみえず。延喜の比よりぞ物にもみえたる。さてこの二蟲の名、古今のたがひ有。延喜の比はチンチロリンとなくを松むしといひ、リンリンとなくを鈴むしといひけり。忠岑ぬしの西河行幸和歌の序によりて志られたり。源氏物語の比よりこのかたは、リンリンと鳴を松むし、チンチロリンとなくを鈴蟲といふなり。諸書にみえたり。志かれども江戸及び諸國国にては、今も古名をとなふるなり。京都にても近世はまれに古名を唱ふる人も有

【傍廂 前篇】鈴虫 松虫
色黒くして、首ちひさく尻大にして、背すぼみ、腹黄白色にして、リリリンとなくを、鈴虫といへど、これ松虫なり。そは松風の音に似たる故の名なり。(中略)松風の琴の音にかよふと歌にもよめるなり。ただドウドウとふく風の音のみならば、松に限るべからず。松風に限りて琴の音にかよふは、リリリインのひびきあるゆゑなり。

【夫木和歌抄 十四 虫】延喜七年亭子院御門御時、西河行幸せさせ給けるに、忠峯壬生新和謌序云、ひるはひぐらし虫をもとめ、夜るはよもすがら、そうのこゑをととのへしめ、あるときには、山のはに月まつむしうかがひて、きむのこゑにあやまたせ、ある時には、野べのすずむしをききて、谷の水の音にあらがわれと云々。

【伊勢集 上】いまは男を心うかりてみやづかへをなんしける。きさいの宮の御こころかぎりなくなまめき給ふて、世にたとふべくもあらずなんおはしましける。此人さうしには前栽をうへてなん住ける。秋里にとかでてあるに、かの宮よりなどかまゐらぬ、まゐれ、花盛りも過ぬ。松虫も鳴やみぬめりとの給はせたりければ、御返にきこえふせける。
   松虫も鳴やみぬなり秋の野に誰よぶとてか花みにもこん

【今物語】大納言なりける人、内へまいりて女房あまたものがたりしける所に、やすらひけ叩ば、此人のあふぎを手ごとにとりてみけるに、弁のすがたしたりける人をかきさたりけるをみて、此女房ども、なくねなそへそ、のべの松ひし、とくちぐちにひとりごちあへるを、此人聞きて、おかしとおもひひたるに、奥のかたより、ただ今、人のきたるなめりとおぼゆるに、是はいかに、なくねなそへそとおぼゆるはと、したりがほにいふをとのするを、この今きたる人、しばしためらひて.いと人にくくいうなるけしきにて、源氏のしたがさねのしりは、みじかかるべきかは、とばかりしのびやかにこたふるを、このおとこあはれにこころにくくおぼえて、ぬしゆかしきものかな、誰ならんとうちつけにうきたちけり。中略
   大かたの秋の別もかなしきになくねなそへそのべの松虫
【古今和歌六帖 六】まつむし                  つらゆき
 秋の野の露にぬれつつ誰くとか人まつ虫のこころ鳴らん
 こんといひしほども過にし秋の野にひとまつ虫の聲の悲しき
【夫木和歌抄 十四 虫】百首歌虫五十首中            藤原爲顯
 ことのねにかよよはみねの秋風をなを松虫のこゑやそぶらん
   住吉註百首御歌                      慈信和尚
 すみよしのいがきのもとの虫のねにをのがこゑにも松風ぞある

【源氏物語 一 桐壺】月は入がたの空、きようすみわたれるに、かぜいと涼しく吹て草村の虫のこゑごゑもよほしがほなるも、いとたちはなれにくき草のもとなり。
  すず虫のこゑのかぎりをつくしてもながき夜あかずふるなみだかな

【源氏物語 三十八 鈴虫】秋ごろ、 西の渡殿の前、中の塀の東の際をおしなべて野に作らせ給へり。(中略)げにこえごゑ聞えたるなかに鈴虫のふり出たる程、はなやかにおかし。秋の虫のこゑいづれとなき中に、松虫なむすぐれたるとて、中宮のはるけき野辺を分て、いとわざと尋ね取りつつ放たせたまへる、しるく鳴き伝ふるこそ少なかなれ。名には違ひて、命のほどはかなき虫にぞあるべき。心にまかせて、人聞かぬ奥山、はるけき野の松原に、声惜しまぬも、いと隔て心ある虫になむありける。鈴虫は、心やすく、今めいたるこそらうたけれなどのたまへば、宮、
 「おほかたの秋をば憂しと知りにしをふり捨てがたき鈴虫の声」
と忍びやかにの給ふ。いとなまめいて、あてにおほどか也。いかにとかやいで思ひの外なる御ことにこそとて、心もて草の宿りを厭へ共猶鈴すず虫の聲ぞふりせぬなど聞え給て琴の御琴召して、珍しく弾きたまふ。(中略)これかれ上達部などもまいづり給へりむしのねのさだめをし給て御ことどもの聲々かきあはせて、おもしろき程に、月みる宵のいつとても物哀ならぬをりはなき中に、こよひのあらたなる月の色にはげになをわが世のほかまでこそ、よろづ思ながさるれ(中略)こよひはすずむしの宴にてあかしてんと覺しのたまふ。

【後拾這和歌集 四 秋】鈴虫のこゑをききてよめる        大江公資朝臣
  とやかへりわが手ならししはし鷹のくるときこゆるすず虫の聲